8. 推論

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 本章では「推論」について考察する。推論は「推理」とも呼ばれる。

 まず,推論とは前提となる命題から結論となる命題を導く思考作用のことである。例えば,「ポチは犬である。」「犬は動物である。」という前提から,「ポチは動物である。」という結論を導くことは推論の1つである。また,前提はいくつでもよく1,結論は常に1つである。なお,推論は一般に論理学という学問によって研究される。

 推論には様々な種類があるが,本論文では前提が正しければ導かれる結論も必ず正しいと言えるような推論のみを扱うことにする。これを「妥当な推論」と呼ぼう。なお,これは「演繹」という推論に相当する。なぜこのような推論のみを扱うかというと,やはり妥当でない推論をこの思考の過程に持ちこみたくはないからである。すべての定義や認識事実を正しいものとしたとき,そこから得られる定理もすべて正しくなるような思考体系であってほしいわけである。イメージとしては数学のようなものを目指している。

 なお,先ほどの推論の例は妥当な推論であった。この推論において,前提の「ポチは犬である。」「犬は動物である。」がともに正しいときには,必ず結論の「ポチは動物である。」も正しいと言えるからである。

 逆に妥当でない推論には,例えば「帰納」がある。例えば,地表で,「あるりんごを空中に放すと落下した。」「ある石ころを空中に放すと落下した。」「ある消しゴムを空中に放すと落下した。」という前提から,「物体を空中に放すとその物体は落下する。」を導くことである。これは現象の一般化とも言えるだろう。この帰納によって導かれる結論を「経験的知識」と呼ぶことにしよう。帰納では,いくら前提がすべて正しかろうと,結論が必ず正しいとは言いきれない。次に,あるトマトを空中に放したときに落下せず浮遊するかもしれない。それは実際にやってみなければわからないのである。このように,帰納は妥当な推論ではない。そのため,帰納自体と帰納の結論の経験的知識は,この思考体系内での思考には用いないことにする。

 

 推論は論理学によって研究されてきた。もちろん自分でゼロから推論についての理論を作り上げることもできるだろうが,それによるメリットはこの部分においてはあまり感じられないので,推論に関しては初めから論理学の知見を参考にすることにする。

 また,論理学にも様々なものがある。その中でも歴史的には,「伝統的形式論理学(古典的形式論理学)」「命題論理学」「述語論理学」などが主なものであろう。ごく簡単に言えば,伝統的形式論理学は古代ギリシアで,アリストテレスなどによって研究された論理学で,そこでは推論の規則が自然言語のみを用いてまとめられている。それに対し,命題論理学や述語論理学では,論理記号などの人工言語を用いて推論などを表現する。このように,新たな記号を用いてされることからこれらの論理学は「記号論理学」と呼ばれる。そして,命題論理学は命題(真偽の言える文)を軸に,述語論理学は述語(「SはPである。」のP)を軸にした論理学であることからその名がついた。また,述語論理学では命題も扱えるため,述語論理学は命題論理学を含んでいる。

 

 この章では,少なくとも「私の推論規則」が示せれば十分である。ただ厳密には,その推論規則は無数にあると思われるため,それをすべて示すことは現実的には不可能である。そこで,あらゆる推論の元になるような基本的な推論規則のみを示すことにする。そして,私の推論規則はすべて,その基本的な推論規則から導かれるようにする。

 このような考え方で作られる体系は,一般に「公理系」と呼ばれる。論理学の公理系には様々なものがあるが,ここでは「一階の古典述語論理の自然演繹体系」を採用することにする。これを採用する理由は,少なくとも私にとって,初めに用意された公理としての推論規則が直観的にも十分納得のいくものであり,妥当であるように思われるからである。この体系は日常的に無意識的に行なわれる推論の形式(の一部)をうまくすくい取っているように思われる。これは元々,この体系が我々の使用する一部の語の使用規則を明示したものであるからであると思われる。

 以上のことから,この自然演繹体系の基本推論規則(公理)とそれらを組み合わせて導かれる推論規則(定理)を「私の推論規則」(公理系)として設定しておく。

 以下に,本論文で採用した述語論理の自然演繹体系の語彙・論理式・基本推論規則の定義をそれぞれ示す。ただし,述語論理の解説書を作るつもりはないので,必要最小限の説明にとどめる。詳しい説明については,他の参考書・専門書などにお任せする。中でも,金子洋之『記号論理入門』(1994年,産業図書)は命題論理・述語論理の推論的側面(構文論)の要点が大変わかりやすく書かれており,この分野の入門書としておすすめしておく。ただ,本論文とやや表記が異なるため,注意されたい。

述語論理の語彙の定義

 以下のように,本論文で用いる述語論理の語彙を定義する。

 

(1)項

  • 個体定項 $a,\ b,\ c,\ a_1,\ a_2,\ a_3,\ \cdots$  (図式文字 $α$)
  • 個体変項 $x,\ y,\ z,\ x_1,\ x_2,\ x_3,\ \cdots$ (図式文字 $χ$)

(2)述語記号  $P,\ Q,\ R,\ P_1,\ P_2,\ P_3,\ \cdots$

(3)論理記号

  • 結合子  $→,\ ∧,\ ∨,\ ¬$
  • 量化子  $∀,\ ∃$

(4)括弧  $( ,\ )$

(5)矛盾記号  $⊥$

 

※図式文字は,あらゆる項やあらゆる述語記号を代表して表す文字として用いる。また同様に,あらゆる論理式を代表して表す図式文字として$A,\ B,\ C$を用いる。

論理式の定義

 以下のように,本論文で用いる論理式を定義する。

 

(1)$n$項述語記号に続けて$n$個の項を並べたものは論理式である。

(2)$⊥$は論理式である。

(3)$A$が論理式のとき,$¬A$は論理式である。

(4)$A,\ B$が論理式のとき,$(A→B)$は論理式である。

(5)$A,\ B$が論理式のとき,$(A∧B)$は論理式である。

(6)$A,\ B$が論理式のとき,$(A∨B)$は論理式である。

(7)$A$が個体変項$χ$を含み,$∀χ,\ ∃χ$を含まない論理式のとき,$∀χA$は論理式である。

(8)$A$が個体変項$χ$を含み,$∀χ,\ ∃χ$を含まない論理式のとき,$∃χA$は論理式である。

(9)以上の項目によって論理式と定義されたもののみが論理式である。

 

※論理式の最外部の括弧は省略することがある。

 

 以後,「$A_1,\ A_2,\ A_3,\ \cdots \ ,\ A_n$から$C$を導いてよい。」ということを,

 

$A_1,\ A_2,\ A_3,\ \cdots \ ,\ A_n $
$C$

のように図式化する。

 また以下で,$[A]$は$A$を仮定することを表す。

基本推論規則の定義

 以下のように,本論文で用いる「基本推論規則」を定義する。「基本推論規則=結合子・量化子($→,\ ∧,\ ∨,\ ¬,\ ∀,\ ∃$)の導入則・除去則+DN規則(二重否定除去則)」である。

(1)$→$ の規則

 (1-1)$→$ 導入則

 

$[A]$
$\vdots$
$B$
$A→B$

 

$A$を仮定して$B$が導かれるとき,$A$という仮定なしに$A→B$を導いてよい。

 

 (1-2)$→$ 除去則

 

$A$  $A→B$
$B$

$A,\ A→B$から,$B$を導いてよい。

 

(2)$∧$ の規則

 (2-1)$∧$ 導入則

 

$A$  $B$
$A∧B$

$A,\ B$から,$A∧B$を導いてよい。

 

 (2-2)$∧$ 除去則

 

$A∧B$   $A∧B$
$A$   $B$

$A∧B$から,$A$を導いてよい。

$A∧B$から,$B$を導いてよい。

 

(3)$∨$ の規則

 (3-1)$∨$ 導入則

 

$A$   $B$
$A∨B$   $A∨B$

$A$から,$A∨B$を導いてよい。

$B$から,$A∨B$を導いてよい。

 

 (3-2)$∨$ 除去則

 

$A∨B$  $A→C$  $B→C$
$C$

$A∨B,\ A→C,\ B→C$から,$C$を導いてよい。

 

(4)$¬$ の規則

 (4-1)$¬$ 導入則

 

$[A]$
$\vdots$
$⊥$
$¬A$

 

$A$を仮定して$⊥$が導かれるとき,$A$という仮定なしに$¬A$を導いてよい。

 

 (4-2)$¬$ 除去則

 

$A$  $¬A$
$⊥$

$A,\ ¬A$から,$⊥$を導いてよい。

 

(5)DN規則(二重否定除去則)

 

$¬¬A$
$A$

$¬¬A$から,$A$を導いてよい。

 

 

 また,以後このようにする。

  • 個体定項$α$を含む論理式を$A(α)$と表す。
  • $A(α)$に含まれる1個以上の$α$を,$A(α)$に含まれない個体変項$χ$で置きかえたものを$A(χ)$とする。

 

(6)$∀$ の規則

 (6-1)$∀$ 導入則

 

$A(α)$
$∀χA(χ)$

$A(α)$から,$∀χA(χ)$を導いてよい。

 

【条件】個体定項$α$は以下の中に含まれてはならない。

  • $A(χ)$
  • $A(α)$が依存する前提
  • $A(α)$が依存する仮定

 

 (6-2)$∀$ 除去則

 

$∀χA(χ)$
$A(α)$

$∀χA(χ)$から,$A(α)$を導いてよい。

 

(7)$∃$ の規則

 (7-1)$∃$ 導入則

 

$A(α)$
$∃χA(χ)$

$A(α)$から,$∃χA(χ)$を導いてよい。

 

 (7-2)$∃$ 除去則

 

    $[A(α)]$
    $\vdots$
$∃χA(χ)$   $C$
  $C$  

 

$A(α)$を仮定して$C$が導かれるとき,$∃χA(χ)$から,$C$を導いてよい。

 

【条件】個体定項$α$は以下の中に含まれてはならない($C$は規則適用前の$C$を指す)。

  • $A(χ)$
  • $C$
  • $C$が依存する前提
  • $C$が依存する$A(α)$以外の仮定

 

まとめ

 基本的には以後,これらの規則やそれらを組み合わせた規則に従って推論(思考)をしていくということにする。ただ,そうは言っても現実的ではないため,本論文で行なうすべての推論について,それが妥当であるか,述語論理で証明できるかなどを個別に検討することはしない。実際には今まで通り,単に無意識的に推論(思考)していくことになるだろう。そして,何か問題が生じたときは,為された推論を改めて意識的に検討することにしよう。そういう意味では,現時点ではこの思考体系は,私の実際の思考を忠実に表現したものというよりは,それを近似的に言語化したものと言えるだろう。

 このように,本論文のすべての推論の妥当性を意識的にチェックするわけではないので,妥当でない推論をする可能性があるということは断っておく。

 また,ほとんどの妥当な推論はこの述語論理で十分対応できるものと思われる。ただ,これでは対応できない例外的な推論もあると思われるので,そのときは逐一その推論の妥当性などを意識的に吟味することにする。

 

 本章では,「推論」について吟味した。これで,思考に直接必要であると思われる「概念」「判断」「主観」「推論」を吟味し終わったことになる。これらの考察を踏まえ,次章では思考の定義を改めて吟味していくことにする。

脚注

  1. 一般的には1つ以上だが0個でもよい。
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